よく考えてみたら小さい頃からそれは人一倍強かったのかもしれないと思う。
どんな見返りを求めていたかといえば、それはもう単純。
愛されたい。
ただそれだけだったような気がする。
わたしは0歳から保育所へ行っていたこともあってか(関係ないかww)、
わりとなんでもこなせる子どもでした。
3月末生まれであること、年齢の平均を大きく下回るほどの体格であったこと、
こうしたダブルのマイナスを背負いながらも、同じ年齢(学年)の子たちよりも
色々なことが出来る子でした。(保育所、小学校低学年時分)
0歳から学生時代、背の順は1番か2番にしかなったことない、
そんなわたしだったんだけれど、なぜか皆よりもいろんなことができて
スポーツも勉強も得意だった。
そして、とてもいい子だった。
けどね、いい子でいるのはやっぱり親から愛されたかったり
先生から認められたかったから。
総じて、愛されたかったから。
だから、ずっと見返りを求め続けて生きてるのかもしれないと思うのです。
そして、そういうのって、
誰かと付き合ってたら顕著に表れるものなのかもしれないとも思うです。
前に付き合っていた彼は、
ギブしてもギブしても何ももらえなかった(と、感じていた)から
しんどくなってしまいました。
ギブしてもギブしても還ってこない。
けどそれって、そもそもが違うんじゃないかって思ったんですよね、当時。
ギブしたらテイクされるなんて決まりはどこにもないし
彼氏なんだったらギブしてるだけでええやんか、って思ってた。
何をしても還ってこなくて嫌だと感じちゃうならそんな自分がいけないと思ってた。
だけど、本当のわたしは、彼氏であろうがなんであろうが
というかむしろ、彼氏だから、テイクが欲しい。
愛情をあげたらその分、還してほしいです、やっぱり。
一方通行に感じるお付き合いはツライ。
片思いなら一方通行でも仕方ない。
片思いはそういうものだから。
だけど、両想いで付き合っているのだから、ギブandテイクでありたい。
愛情うんぬんとか言って、大げさなことじゃなくていい。
ちょっとした優しさが欲しかったりする。
今まで付き合った人は、
「家に着いたら絶対連絡してな」って言ってくれる人たちだったけれど、
前彼にはそんな風に言われたこともなかった。
2人で旅行へ行って大きな荷物を持っていても、
持とうかなんて言ってくれる人ではなかったし、
帰りもそんな荷物を抱えてるわたしを乗っていた車で駅まで送って
バイバイをするような人だった。
これからこの大荷物を抱えてわたしは自転車に乗らなくちゃいけないのに。
彼は乗ってきた車で楽に帰れる。
当時のわたしはそれに対してなんの疑問も持たなかったんだけれど
当時友達だった今の旦那さんからしてみれば、
わたしがあまり彼氏に大事にされていないように感じていたよう。
だけどわたしは、彼にそうして欲しいなんて言ったら
「わがままな女」だと思われると思ってた。
『そんなんわがままじゃないって!』って旦那さんは当時言ってた。
でもやっぱり、それがわからなかった。
というよりも、前彼のそのやり方が当たり前だと思っていたから
こうして欲しいとかそういう主張は特になかったんだけれども。
けどやっぱり、前彼みたいなスタンスか旦那さんみたいなスタンスか
どちらが良いかって聞かれたらそりゃ旦那さんみたいなスタンス。
だから、どこかでそんな扱いを、本当はされたかったんだろうと思う。
けどそう思えなかったのは『自分はそんな風に優しくされるような人間に値しない』
と思っていたから。
旦那さんは当時、彼女はいなかったけれど
「彼女になる人はこんな優しい彼氏で幸せやろうな」って思ってた。
だけど、その彼女のポジションにわたしがなりたいかといえば、
それは全くもってNOだった。
『そんな優しさをもらうなんて、わたしなんかじゃもったいない』
『もっともっと素敵な女の子が彼の彼女になるべき』そう思ってた。
だから、当時付き合っていた彼の、少しクールなあんな態度くらいの方が
わたしみたいな人間にはちょうどいいって思ってた。
それ以上は望んじゃいけないって。
今思うとバカみたいな考えだなぁと思うのだけれど、
当時は本気でそう思ってた。
だから、そんな風に考えちゃってるけれど気付いていない女の子って多いんだと思う。
完全にモラハラな彼氏なのに、耐え続けて付き合い続ける女の子。
その深層心理は「わたし以外の女の子には耐えられないからわたしが!」だったり
「これくらいの方がわたしの人間的価値に合っている」だったりするのでは。
お付き合いは耐え凌ぐものでも、我慢し続けるものでもなんでもないのだよ。
前彼と別れてフリーになってから、当時友達だった旦那さんに好意を寄せられても、
それに応えることは、ずっとずっとずっと、できなかった。
どうしてもできなかった。
『わたしには相応しくない』としか思えなかった。
だけどなんで旦那さんと結ばれたかといえば、
そんな考え方がある日コロっと変わったんですけどね。
だから、旦那さんと結婚できた。
今は『わたしは彼に相応しくない』なんて全然思わない。
むしろ、相応しいって思える。
それはやっぱり、ぜんぶ旦那さんのおかげなんですけどね。
身近にも昔のわたしみたいな女の子がいたりして
すごく心境がわかるんだけれども、なんでその場所にとどまってるんだろうって
思うのです。
昔の自分を見てるみたいで、とても苦しくなる。
そんな場所から抜け出すのがしんどいことも、よくわかっている。
でも、本気で幸せになりたいって思えたら少々の努力は必要なんだけれど
絶対に抜け出せるのにな、って思う。
そして、抜け出したその場所は想像以上に居心地がよく、
自分らしくいられる場所だということにも気づくはずなんだけれど。
『幸せになりたい』と口では言っておきながら
いざ幸せが目の前にちらつくと一目散に逃げてしまったり、
恐る恐る手で振り払ってしまっていた。
それはたぶん、どこかで「幸せが怖い」と、思っていたからだと思う。
今はもうそんなことはないのかというと、それでもないんだけれど
いくらかはマシになったとは思います。
幸せという場所に飛び込むには、実は、結構な勇気が必要なんですよね。
バカみたいな話に聞こえるかもしれないけれど。
過去から振り返ってみても、見せかけだけじゃない本当の幸せという空間は
想像以上に素晴らしい景色が広がっているところだと、今は感じています。
だから、世の中の人(特に女の子)がひとりでも多く、
本当の幸せを見つけて欲しいなって、思っています。
photo by Q in 南港