☆*写真好きなHSPの日常**♪

HSP(ハイリーセンシティブパーソン)という独特な気質を持って生まれた、写真大好きなOLが綴る日々です♡

ママは優しいひと

 

新年あけましておめでとうございます。

5年前の姉妹のお正月の写真をば、のせておきます。

今年もゆる更新お付き合いいただけますと幸いです。

長女が小学生になったのもあり、勉強の話題なんかも増えていくかと思います。

(わたしが教育ネタだいすきです、、笑)

 

先日、姉妹の寝かしつけをしている時に長女が唐突に「次女ちゃんの学年のママで優しそうな人って誰やと思う?」と聞いてきました。

※特に深い意味はないです。

完全に見た目だけでという話しだったので、「ん~○○くんのママじゃない?」と言ったら「あ~!」という感じで納得しておりました。

その後「じゃあ2番目は?」と聞いてきて、この話し広げるんか~いと思いながら、考えてみるも、あまりパッとしない。

中身も知ってるママさんが多いから見た目だけでってムズッみたいな。

「てかさ~次女ちゃんの学年で1番優しそうなのって、ママ(わたし)じゃない?」って言ったら「あ~!そう!絶対そう!」って姉妹で完全に同意してくれました。爆笑

若干ネタ気味で言ったのに、そうなんか~い!となりましたが。。

 

始めに、『完全に見た目だけで』という話をしていて、見た目と中身が違う人はいい意味でも悪い意味でもいっぱいいるよね、という話しをしていたので、

「でも、ママはホンマも優しいで」と長女が言ってくれました。

見た目だけじゃなく、中身も優しいってことです。

 

わたし、まぁまぁキレ散らかしている自信があるので、どこをどう取って、ママは中身も優しいと言ってくれているのかはわかりませんが、そのようです。笑

 

「じゃあさ~なんで優しそうに見えるんやと思う?」って聞いたら、「中身が優しいからそれが外見にも自然に表れてくるんかな?」というようなことを長女が言っていました。なんてピュアなんだ、、と思いつつ。

次女は「次女ちゃんが優しいから(保育園ではめっちゃ優しい子だと評判なのです)、ママも優しいんじゃない?」と言われて同意しつつも、「それって逆でママが優しいから次女ちゃんも優しい子になってるんじゃない?」って言ったら、長女が「それはそうやわ!そっちやわ!」と、また嬉しいことを言ってくれるではないか。笑

 

『人に対して優しく在りたい』というのはずっと自分の中であるので、それが子どもたちに伝わっているのなら、それは喜ばしいことだなと思いました。

 

人って、距離の遠い人ほど優しく、距離の近い人ほどキツくなる傾向がありますよね。わたし、これって絶対逆じゃないかなってずっと思ってるんです。

距離の近い人の方が大切な人であって、だからこそ誰よりも思いやりを持って優しく接しないといけないんじゃないかと思うのです。

と言いつつも自分ができているかというとそうじゃない部分もありますが、すごく意識はしていて。

それは我が子に対しても同じことが言える。

 

例えば、我が子と他人の子に同じ注意をするとした場合、おそらく我が子の方には口調がキツくなり、他人の子に対する言い方の方が穏やかになる。

伝えたいことは一緒なのに、言い方が変わってきちゃうっておかしいよね?って思うんです。

 

できるかは別として、できるだけ我が子には穏やかに優しく接していきたいと心掛けてはいます。

それが少しでも伝わってるなら嬉しい。

 

胎内記憶などがある子の中には、「ママを選んで生まれてきた」というようなお話をする子がいますよね。

その時に「優しそうだったからママを選んだ」という子が非常に多いんです。

それでいうと、子どもって本当に『愛されるために、かわいがられるために、優しくしてもらうために』生まれてきてるんだなとつくづく感じます。

 

『優しさ』は愛着におけるもっとも重要な感情なのではないか、と改めて思いました。

 

余談ですが、次女が2歳クラスの時に「どうやったらこんな優しい子になるんですか?どんな育て方してるんですか?」とパートのおばちゃん保育士さんに言われたことがありました。

年中になった今も、先生たちからは次女の優しかったエピソードをたくさん教えて頂くことがあります。

次女は家では怪獣なので、そのお話を聞くと驚いてしまうのですが、、笑

こういうのはおそらく育て方の問題ではないですし、生まれ持ったものとかも色々あると思います。

そして、わたしとしてはただ次女は『いい子に思われたいキャンペーン』をしているだけだと思うんですよね。

違う言い方をすると、そういう行動をしないと、自分を認めてもらえないと思っているのかもしれません。

承認欲求を満たしたいだけだったり。

その優しさは本当の根っこの部分からきているものなんだろうか?というのは思っています。

本当のところはわからないのですが、先生たちからのその言葉は、ありがたく受け止めつつも、次女が『優しい自分でないと愛されないかもしれない』と、もし思ってるのだとしたら、そうじゃないことを伝えていきたいなと、そこが課題だなと感じています。

ただ、保育園でも家でも同じ姿を見せているのではなく、家では怪獣なので、保育園では頑張りつつ家では解放されているようで良かったなとは思っています。